SHIN'S ESSAYS(エッセー集)
2002年5月10日(金)
NHK「さくら」の中の異文化コミュニケーション(8)
■ NHKの新番組
NHKの番組「さくら」には日米の異文化現象がたくさん。長年海外に住むと日 米間に横たわる不可思議な違いを発見します。そんな話題を番組の中から拾ってお話しします。
「日系人、それぞれの立場」
さくらはまだまだ家庭訪問をしていましたので、このあたりのシーンから思い 出したことを書きます。
番組の中でよく「顔は日本人なのに、よく日本語がしゃべれて驚き」とさくら は言われます。あんなにきれいな日本語を話せる日系4世はめったにいないと 思いますが、厳しいおじいちゃんがいるところならまあまあ話せる人はいるか もしれません。ちなみに日系何々世という正確な意味についてときおり混乱し ている人がいますので、ちょっと簡単にご説明します。
日系1世は日本生まれで海外移住した日本人のことを言います。手元にある講 談社の「日本語大辞典」によりますと「日系人=日本人の血統をひいている人。 ハワイ・ブラジルなどへの移民とその子孫など」となっています。この説明だ けで考えますと、ハーフの子どもたちも日系人ですが、一般的に「日系何世 」というときは外国人の血が入っていないケースをいっているような気がしま す。海外で日本人の両親から生まれればその子どもは日系2世となり、その 2世から生まれた子は3世となるわけです。
友人に日系人がたくさんいますが、日系2世でも日本語がほとんど話せない人 はいます。なぜそうなったんだろうと不思議に思っていたのですが、その理由 の一端があるとき偶然分かりました。
87年にオーストラリアのシドニーへある調査で行ったときの話です。たまた ま二人の日本人女性がオーストラリア人と結婚されていて、そのお二人とも大 学に通 っているお子さんをお持ちでした。一人の方はシドニーのオーストラリ ア人ジャーナリストと結婚。日本語をシドニーの私立高校で教えておられまし た。その方には息子さんがいたのですが、「日本語がぜんぜんできないので日本 の大学に留学させています」と言われるのです。なぜ日本語を家庭で教えられ なかったのかその理由を尋ねるとこんな答えが返ってきました。
「とにかく、子どもには日本語を教えないで完全にオーストラリア人になって 欲しかったから」
というのがその方の返事でした。
「でも、今は後悔しています」
という意外な言葉が続きました。87年当時、日本経済はうなぎ登りの好景気 に沸いていました。そんな時だったので、
「もし、息子が日本語ができたならこれからいつでも良い仕事が見つけられる でしょ?小さいときから日本語を少しずつでもやらせておけば良かったと思っ て…」
と残念がられたのです。東京の大学に留学させるのはその方にとってかなりの 負担だと言われていました。で、もう一人の日本女性の話です。彼女はインド系の人と結婚し、シドニー大 学に通う大変美しいお嬢さんがいました。そのエキゾチックな顔をしたお嬢さ んは大学で日本語の授業を取りながらも、その日本語教授の助手ができるほど きれいな日本語を話せたのです。たまたま偶然そのお母さんと知り合いになっ て、夕食に招かれたときお嬢さんの日本語の美しさと、なぜ日本語がそんなに おできになるのかを尋ねました。こんな答えが返ってきました。
「私は娘に日本を知って欲しかったのです。母である私がどんな国からやって きたのかを知って欲しかったのです。ですから、いやがるこの子に家の中では 絶対日本語と言い聞かせて育てました。父親の理解もあったので日本語を忘れ ずに話せるようになったのだと思います。」
と彼女はご主人の方をみながらうれしそうに話されました。ご主人も 、
「確かに大変だったと思いますよ。娘はなぜ英語だけで過ごせるのに別の言葉 を覚えなくちゃならないの、と文句ばかり言っていましたが、私も妻の意見に 賛成だったので、家では日本語、を押し通しました。」
そんなご主人の理解もあったからこそできたことです。その夕食の席で、
「お母さんも長年日本語をそうやって教えられるのは大変なことだったでしょ うね」
とそのご努力に心底感心しましたら、
「ほら、ネ、分かる人には分かるのよ」
とうれしそうにお嬢さんに向かって言われたのが非常に印象に残っています。本当に偶然、外国に住む人たちの両極端な日本語学習事情に短い滞在中に出く わしたのですが、一方はその学習に大金を投じ、もう一方は大学の授業料が無 料(助手をするお嬢さんがそうだったのです)という明暗をみたのでした。
母国語と言えば、こんな現象があるのをご存じですか?『どんなに外国語がう まくなっても数学の計算をするときは母国語でしてしまう』ということです。 小さいころはぼくも日本語があやしくなるほどスペイン語で考えていたのです が、学校で数学の計算をするとき、頭の中では日本語の九九がいつも浮かんで いました。こんな話をアメリカでしたところ、だれもが同意見でした。学問的 な理由がきっとあるのでしょうが、面白いですよね。
番組の中で家庭訪問先のおばあちゃんが皮肉たっぷりに 「外国では老人を大切にしてくれるだろうね」 というようなことを言うシーンがあります。実は、アメリカでは逆に多くの老 人たちから 「日本ではお年寄りを大切にするって聞いたけど、ああ、アメリカはひどいも んで…」 という嘆きを聞きました。
ぼくの印象ではアメリカの老人の方が日本より粗末に扱われている気がします。 アメリカではお年寄りの智恵を無視している部分が多く見られるのは、きっと 核家族化が進んでいるからなのでしょう。子どもたちと一緒に住んでいる老人 をまだ見たことがありません。日本の2世帯住宅の話をしたりすると、お年寄 りの中には目を輝かせる人もいました。
日本はまだまだ我が子をアメリカ以上に偏愛するところがあるようです。個人 主義が発達しているアメリカですが、悪いことは悪いとその場で、しかし小声 で叱っている光景をバスの中、レストラン、ショッピングセンターなどでよく 見かけます。「鉄は熱い内に打て」とばかりに小さいときに公平さの概念を上手 に植え付け、義務教育である高校を出たら「これからはあなたの人生。自分で 自分の人生を切り開いて生きなさい」と突っ放します。ですから、大学から独 り立ちするアメリカの学生は大変です。家がすぐ近くにあってもアパートを借 りたり、前にも書いたように家を数人とシェアしあいながら、アルバイトに精 をだして学費と生活費を稼ぎ始めます。高校時代の成績が良ければ奨学金をも らえるケースが多いのでそんな学生はある程度楽です。そうでない学生は学費 ローンを組み、卒業後少しずつ給料の中から返済してゆくのです。親が貸して くれるケースもあります。それはやはり卒業後きちんと返してゆくという人が 多いようです。
アパートを借りるといえば、大学生になっても家から通う男子学生はまだ親の すねをかじる「sissy(女々しい)」な奴とからかわれることがあります。日本の 学生の考え方、生き方に大きな違いがあるのはこのあたりにあるかもしれませ ん。
NHK「さくら」の中の異文化コミュニケーション(8)