SHIN'S ESSAYS(エッセー集)

2002年 6月10日 (月)

NHK「さくら」の中の異文化コミュニケーション(28)

■ NHKの新番組 
あのドラマの中で起こる様々な事がらから日米の文化・習慣の違いをたくさん学ぶことができます。 そんな違いを18年間(アメリカと中米)に在住した体験を通して話していきたいと思います。

「サムライ」

ロバートが桂木先生を「サムライのような日本人」と評したことから、こんなことを 思い出しました。

彼らのサムライのイメージは、亡き黒沢明監督の映画、特に「七人の侍」や数々の賞 を受賞した米国NBC制作の連続テレビドラマ「将軍」で固まったと言っても過言では ないでしょう。特に、黒沢監督の映画は大学で「黒沢監督デー」が催されるほど映画 ファン、日本ファンに今でも支持され、現在ハリウッドで活躍する有名監督のお手本 となっていることはご存じの通りです。(ただし、最近は日本アニメの活躍で、宮崎駿 監督の人気は抜群です。)

映像から伝わってくる俳優のイメージをそのまま素顔の俳優にかぶせてしまうことが あるように、外国やその住民に対するイメージも映画は強烈に見る者の脳裏にやきつ けるのでしょう。この前も少し触れましたが、これほどマスメディアの発達した現代 でも、やはり日本文化は「芸者」「フジヤマ」「サムライ」で代表されがちです。

アイルランドのアルスター大学のジョン・ヒル教授によれば、イギリスやアイルラン ドでは、映画「七人の侍」で三船俊郎さんが演じる粗野なにせ侍役のサムライが映画 の紹介や広告で頻繁に使われたので、「サムライ」とはあんなものという固定観念がで きたそうなのです。また、1885年にサボイ劇場で初演されたオペラ「ミカド」の 中で表現される「ゲイシャ」が、今の日本女性像になったと言われています。つまり 一生男性にかしずきながら男尊女卑で苦しむ女性というわけです。

いずれにしても、アメリカの子どもたちがソニーはアメリカの会社と思うほどどっぷ り現地社会にとけこんだ例もありますが、そこからは日本の歴史や美しさ、日本人像 は見えてきません。世界中の若い世代にひろがりつつある「マンガ」そしてこれから 派生した「アニメ」がやがてこれまでの邦画に変わって、日本文化の代表者と見なさ れる時代が来るかもしれませんが、現実からあまりにもかけ離れた世界をどこまで鑑 賞者が見抜いてくれるのでしょうか。

ちょっとサムライの話とは違いますが、アメリカで活躍する日本人野球選手の話題か ら。

アメリカで人気のある野茂選手がルーキーとして大活躍しはじめたころのことです。 ぼくたち一家がユージーンに引っ越したとき、歓迎のクッキーを持ってきてくれたあ のマーシャがある日自宅へ招待してくれました。北欧の血を引くブロンド美人のマー シャ一はキリスト教伝道にとても熱心なご主人のビルとすばらしい家庭を築いていま した。そして、自宅で我が子を教える熱心なホームスクールの実践者でもありました。 教育とコンピュータが研究テーマだったぼくにとってはいつ会っても新しい発見のあ る家庭でしたから、ぼくが選んだソフトやコンピュータの使い方を教えるのは楽しい 経験でした。

当時まだ小学4年生くらいだったピータ君がはにかみがちな笑顔をうかべなから、
「シン、今度日本に帰ったらノモのTシャツを買ってきてくれない」
と頼まれたことがあります。
「ノモは最高のピッチャーなんだよ、知ってる?彼の写真やTシャツを集めているん だ」
とそのファンぶりを披露してくれました。アメリカの野球ファンなら大人、子どもの 区別なく熱を上げる野球カードというものがあるのですが、ぼくが野茂のことを知っ たころはすでにそんなカードに載るほど野茂選手は大変な人気があったのです。そん なわけで、日本に帰ってきたとき、それらしき店を見つけると「野茂選手のTシャツ ありませんか?」と尋ねたのですが、残念ながらどこにもありませんでした。店の人 によれば、野茂選手は日本にいないからアメリカでしかそんなTシャツは買えないと のことでした。

最近、そのピーター君にしばらくぶりにあいました。彼はもう高校生です。そこで「今、 イチローがすごく頑張っているけど彼のことどう思う?」と尋ねると、「うーん、あん まり好きじゃない」と言うのです。「好き」という答えがあるだろうと思いこんでいた ぼくはちょっと驚きました。ピーター君の返事の理由はこうでした。「彼、いつもまじ めな顔をしているから面白くないんだ。何を考えているのかわからないもの。ぼくは シンジョウが好きだな。いつもニコニコしてフレンドリーだもの」。 なるほど。野球の成績が良いから好きというわけじゃないんですね。とても短い会話 だったのに、これ以来ぼくの心の中にいつでもイチローと新庄選手の比較が始まった のです。(彼らの活躍がアメリカ人にどう写るのだろうか…。)

去年、成田空港に到着して都心に向かうバスを待っているときの出来事です。次のバ スが自分の乗るバスではなかったので、後ろの外国人に順番を譲りました。「Thanks」 と言った彼が「どこから飛んで来たの?」という質問からちょっとした会話になりま した。
「オレゴンから」。
「そうか。おれはシアトルから来たんだが、イチローを知ってる?」
「もちろん名前は知っているよ。まだ本物は見たことないけど」
「イチローはすごいぞ。彼が来てからマリーナーズの人気は鰻登りだし、シアトルに も日本から観光客が来るし。彼は神様みたいな人だよ」
と大変な自慢話が彼のバスが来るまで続きました。それほど野球に関心のなかったぼ くですが、このことばを聞いてからなおさらイチロー、新庄の日々の成績や言動に興 味を持ち始めたしだいです。

アメリカのスポーツニュースでアナウンサーが「イッチロー!サムラーイ!」などと 叫んでいることがあります。アメリカ人が使う「サムライ」には「サムライ=勇者」 という等式ができあがってきているのでしょうか。一度だれかに聞きたいと思ってい ます。

さて、番組に戻ります。美術の時間に5万円入っていた財布がなくなったという生徒 の話がありましたね。5万円とは中学生にとって大金でしょうが、一般的に日本のこ どもはアメリカ人より多くの現金を持ち歩いているようです。何度か高校の生徒達に 買い物などの話から、キャッシュをどれほど持ち歩いているか聞いたことがあります が、まず100ドル持っている生徒は一人もいませんでした。わが家の子どもたちに 聞いてもせいぜい20ドル札一枚あれば「大金」という雰囲気です。

日本にいると本当にお札に羽が生えたようにあっというまになくなっていく気がしま す。ご存じのようアメリカではクレジットカードか小切手による支払いが多く、キャ ッシュをそれほど持ち歩く必要がありません。ガソリンスタンド、喫茶店、食堂、本屋、写 真現像など、クレジットカードを受け付けないところを探す方が難しいくらいです。こんなクレジット社会ですから、カードをねらった犯罪もますます横行して庶民を困らせています。 クレジットカードではありませんが、どの銀行でも扱っているATMを使ったこんな 事件を思い出しました。

あるモール街での出来事です。ある日の夕方、ふたりの男が新品のATMを持ってき てモール街の広場に設置しました。買い物客達は、その男達がさるとキャッシュを引 き出すためにモニターの指示通りデービットカードを差し込み、暗証番号を入れます。 ところが、だれが入れてもエラーになってお金はでません。数時間にわたってつぎか らつぎに違う買い物客が自分のカードを使ってみたのですが、だれ一人としてお金を 引き出すことができず、機械が故障したのだろうと諦めました。4,5時間後、さき ほど設置にきた男達がやってきて、「故障しているらしい」とそのATMを持って帰り ました。ところが、翌朝、その街の警察や銀行に電話が殺到しました。電話はあのA TMを使った人たちからでした。犯人達が巧妙な手口でお金を引き出していたのです。

男達が持ってきたATMは偽物でした。実は、買い物客が入れた情報はすべてそのA TMの中に隠されたコンピュータの中に保存されていたのです。持ち帰ったATMか らすぐにデータを取りだし、偽物のカードを作った犯人達はすばやく仲間と手分けし て本物のATMから引き出せるだけの金を引き出したのでした。犯人が捕まったとい うニュースはありません。ただ、アメリカ人はそれほど貯金をしないので、取られる 金額もしれていると思いますが、日本での犯罪ならかなりの金額になっていたでしょ うね。

■プライバシーについて

あけぼの中学校の職員室にいる女性教師が、「職員室にはプライバシーはないの」とい うシーンがありました。日本の職員室は確かにプライバシーは少ないかもしれません が、アメリカの職員室にはないものがあることをこれから日米職員室比較でお話しし ます。

まず、アメリカの学校には日本のような職員室がありません。職員が集まってコーヒ ーが飲めるようなラウンジはあります。いってみれば日本の大学のような感じでしょ うか。しかし、職員室のかわりに、それぞれの教師が自分の教室を持っているのです。 ですから、日本の学校のように生徒がいる教室に先生が行くのではなく、生徒が先生 のいる教室へ行くというシステムを取っています。大勢の学生が10分かそからの間 に教室に移動するか、それとも先生一人が移動する方のどちらが合理的か、考えてみ たら明白です。アメリカの生徒達はトイレに行く暇もないくらい急がねばならないこ とがあるのです。

よくアメリカの映画で中高生が廊下の壁にへばりついたロッカーに行って教科書を取 っている場面があるでしょう。生徒も自分の机を持っていないので、教科書や自分の 物はすべてあのロッカーに入っています。ですから、授業が終わるたびにロッカーま で行って教科書を持ち出さないといけません。ぼくの子どもたちが通った高校は全校 生徒1800人のユージーンでは最大の学校だったので、教室からつぎの教室に移動 する時間がたりなくて、走り回っているような所でした。

あれほど合理主義の国アメリカが、いまだにこんな非合理的な教室の使い方をしてい るのは不思議としか言いようがありません。

日本の職員室風景をアメリカ人教師達に話すと、「日本のシステムはすごく良いよ!」 と感心するのですが、そう簡単に何百年の歴史を変えられるわけがありません。日本 式職員室はお互いに愚痴をこぼし、情報交換をし、さらにチームワークを育てる上に おいても、アメリカにはない優れた空間利用だと思います。日本の教育システムを真 似ようとしているアメリカは、まず職員室から作り始めたほうが良いのかもしれませ ん。

おわび: 前回、外国人の日本人男性像を扱ったBBCのサイトをご覧下さいと言ったのに、そ のサイトの場所を載せていないことに気づきました。ごめんなさい。下記のアドレス がそうです。

http://news.bbc.co.uk/hi/english/talking_point/newsid_1871000/1871441.stm


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