SHIN'S ESSAYS(エッセー集)
2002年 6月 3日 (月)
NHK「さくら」の中の異文化コミュニケーション(23)
■ NHKの新番組
あのドラマの中で起こる様々な事がらから日米の文化・習慣の違いをたくさん学ぶことができます。 そんな違いを18年間(アメリカと中米)に在住した体験を通して話していきたいと思います。
「ボランティア」と「内と外の顔」
さくらが婚約者ロバートに英語のスピーチコンテストの練習を放課後に手伝わ せようと思いつくシーンがありました。番組では「学校の人間じゃないから」 と反対する教頭と「それは良いアイデアですね」という校長の対照的な会話の 後、校長の意見が通ってロバートが手伝うことになります。
そこで今日は、アメリカのボランティア事情に少し迫ってみましょう。
ボランティアの歴史が古いアメリカには、ありとあらゆる形のボランティアが あります。身障者、お年寄り、子供会、移住者への語学教授、ペットの世話、 チケット販売、一定距離走ったら学校の図書館のために寄付をお願いする子ども、かわったところではメンター(mentor)と言って自分の得意な分野(例えば陶芸)を中高生に教えるものまであります。(最近日本でもこれに似たものがでてきたようですね)。
ただ、ぼくがちょっと残念に思うのは、ボランティアの目的が本来の手伝いか らはずれて、自分の利益獲得に必要なものとして変化しつつあることです。例 えば、大学の入学選考で応募生のボランティア活動の有無と費やされた時間が 規定の範囲内にあるかどうかで決定されるケースがあります。そうなると、大 学に入りたいがためにボランティアするのであって、心の底から困っている人 を助けたいという純粋な気持ちが希薄になってしまうのではないでしょうか。
ぼくが教えていた高校でも「無理して」ボランティアをしている生徒がたくさ んいました。そこが私立だからとか、カトリック関連だったからとかいう理由 ではありません。奨学金獲得にはボランティア活動をしたかどうかチェックす ることがシステムとして組み込まれているからです。
実は公立高校に通っていた次女も似たような状況にありました。高校の成績が 規定以上で卒業までに220時間のボランティアをしておかないと希望の大学 で奨学金がもらえませんから、休みと遊びを犠牲にしてボランティア活動に精 を出していました。自分の子どもが大学に通う年齢になって、こんなことで良 いのかなあ、と思いながらもこのアメリカのシステムを利用させてもらうこと になりました。
アメリカの学生たちの多くが大学で学ぶ学費は自分で稼ぐか親や大学から借り るか、奨学金をもらうか、いずれかの道を選びます。永住権取得後は子どもた ちも正式なファーストフード店や日本レストランで仕事ができたので、学費の 面でも親孝行をしてくれたと感謝しています。 アメリカ社会には、こういうボランティア活動を自分の履歴書に書いていくこ とによって、次の仕事が探しやすくなるという側面があることも付け加えてお きましょう。 一度、上手な履歴書を書く講習会に参加したことがあります。驚いたのは、日 本ならまずは記載しないであろうちょっとしたお手伝いでも「ボランティア」 として書いた方が良い、と教えられたことです。
ぼくもこの12年間いろいろなボランティアをしました。半年間週に2度スペ イン語のつづり方をメキシコから来た移住者達に教えたり、国際バカロレアの 日本語テスト官もしました。しかし、自分では大したことはしていないという 感覚でこれまで一度も履歴書に書いたことはありません。しかし、アメリカ人 は1日でも「ボランティア」をするとそれを履歴書に書き込むので、履歴書の ページ枚数が思いっきり増えることがあります。それほどこの国の人たちは「自 分はこんなことをしているのだ」とアピールするのです。これが良いか悪いか は判断の分かれるところですが、次のような話を聞かれるとみなさんはどう思 われるでしょうか。
ある大学の日本人教授から聞いた話です。「大学の講師採用面接で日本人は自 己アピールがへたなので、採用されないケースがあって残念ですね。私の教え 子にアメリカ人と日本人がいたのですが、明らかに日本人の方が優秀でした。 しかし、面接ではアメリカ人が採用されたんです。とにかくアメリカ人の学生 は自分がこれまでやってきたことの細かなことまでオーバーに言うものですか ら、静かで控えめな日本人より自分がやってきた事を明確に打ち出す人間を採 用しますよ。海外ではもう少し日本人は自分を売り出す術を学ばなくては損で すよね」
これは本当によく聞きく話です。「出る釘はたたかれない」のです、アメリカ では。「能ある鷹は爪をかくしてはだめ」なのです、アメリカでは。もしかし たら日本以外の国では、と言い換えた方が良いかもしれません。韓国の人も、 中国の人も、みんな圧倒されるほどのパワーで自分を売り込みます。ですから、 何かあったとき、「そういえばこんどの件はあの韓国人か中国人にお願いしよ う」となります。
本来日本人が受賞すべきノーベル賞なども、英語があまりできないために別 の 国の人から取られてしまったという話を聞きます。それは英語がどうのこうの という前に、「自分はこんなことをしている、できる」とはっきり他人にアピ ールする訓練ができていないからのような気がします。
残念なことに、未だに日本社会ではアメリカのような自己アピールは「でしゃ ばり」だと思われるようで、もうそろそろ変えるべきではないでしょうか。
そういえば、あれだけスピーチコンテストに反対していた英語教師の沢田先生 がコンテストで頑張った生徒達に何も言わずに差し入れをしました。保健体育 の桂木先生が、「でしゃばるのをいやがるのが日本の男」と説明するシーンが ありましたね。英語でそんな人を「a modest person」と言いますが、この加 速のついた近年、諸外国を相手にビジネスをしている場合は残念ながらこれは 通用しないでしょう。
バブルがはじけ、グローバル・エコノミーが自分の台所、小遣いに影響する今 日、我々日本人は「内と外」向けの二つの顔をもつ必要が出てきたようです。 二枚舌は許せませんが、二つ顔は許せそうですね。
追記:ちょうどこれを書いている5月31日、「オレゴン州で救助隊のヘリコ プターがフード山で事故」というニュースが入ってきました。この山はわが家 から車で2時間のところにあり、真夏でもスキーができることで有名な「ずき ん(フード)」の形をした山なんです。テレビニュースで4人を乗せた救助ヘ リのローターが山の斜面 に触れて胴体部分が転がっていくシーンに息を飲みま した。何名か亡くなったそうです。ご冥福をお祈りいたします。
NHK「さくら」の中の異文化コミュニケーション(23)